2000年前後、私は日本の医療機器メーカーで、腰痛ベルトや医療用サポーターなどの輸入・海外調達を担当していました。
当時は、多くの日本企業が生産拠点を海外へ移し始めた時代でした。
国内で作っている製品を、賃金の安い国で生産すればコストを下げられる。
社内にも、そんな空気がありました。
私が入社する以前、その会社では中国企業との提携に失敗した経験がありました。そこで次の候補として浮上したのが、ベトナムでした。
私は前職でも海外調達に携わっていました。
社長に、
「それは、私がやるべき仕事です」
と強く訴え、ベトナムでの委託生産立ち上げを担当することになりました。
しかし、実際に現地を回って学んだのは、単に「人件費の安い工場を見つければいい」という話ではありませんでした。
海外調達で本当に選ぶべきなのは、安い工場ではありません。問題が起きたときに、一緒に解決できる相手です。
最初の候補地で「やめた方がいい」と判断した
最初の出張では、ハノイから約300キロ南にあるハティン省の工場を訪れました。
当時は高速道路が十分に整備されておらず、未舗装の区間も残る道を、長い時間をかけて南下しました。
ようやく到着した工場を見て、同行していた経営者は期待を膨らませていました。
しかし、私は現地の状況を確認するうちに、
「ここでの生産は、やめた方がいい」
と考えるようになりました。
その工場が悪かったわけではありません。
ただ、私たちが作ろうとしていたのは医療用の製品です。一般的な雑貨とは、求められる品質の安定性が違います。
さらに、製品を日本へ輸送するには、完成品を最寄りの港まで運ばなければなりません。
当時利用できる主要港は北部のハイフォンにあり、工場からは長い陸上輸送が必要でした。道路事情を考えれば、輸送時間、事故、製品へのダメージなど、さまざまなリスクがあります。
工場の加工賃だけを見れば、魅力的だったかもしれません。
しかし、物流、品質管理、検査、緊急時の対応まで含めて考えれば、適切な選択とは言えませんでした。
安い場所で作ることと、会社全体のコストを下げることは違います。
台湾からの材料調達で学んだ教訓を、ここでも改めて実感することになりました。
私は社長を説得し、ハティン省での生産計画を見送ってもらいました。
そしてハノイへ戻る途中、現地政府の産業を担当する機関を訪ねました。
どのような製品を作りたいのか。
どれくらいの生産規模を考えているのか。
日本市場では、どの程度の品質が要求されるのか。
そうした条件を説明し、ハノイ周辺の候補企業を数社紹介してもらいました。
工場を見るとき、設備より先に見たもの
紹介された工場を一つずつ訪問しました。
工場選定というと、設備、生産能力、価格などを比較する仕事だと思われるかもしれません。
もちろん、それらは重要です。
しかし、私が最初に見ていたのは、そこで働く人たちの様子でした。
作業者が、どのような表情で働いているか。
管理者が、現場の状況を把握しているか。
問題を指摘したときに、言い訳をするのか、改善しようとするのか。
ある工場は、床や設備に埃がたまっていました。
それを指摘すると、
「明日、掃除する予定です」
という答えが返ってきました。
掃除の問題だけではありません。
訪問者が来ると分かっている日にもその状態だったこと、その場で状況を認めず、先の予定で説明しようとした姿勢が気になりました。
別の工場では、作業者から仕事への意欲が感じられませんでした。
きれいで立派な設備があっても、そこで働く人が品質に関心を持たなければ、安定した製品は作れません。
最後に訪問した縫製工場は、日本の商社との取引経験がありました。
日本市場が求める品質の細かさを、ある程度理解していました。
経営者や工場長には、新しい仕事に取り組もうとする意欲がありました。
そして現場には、洋裁を専門的に学んだ若い作業者が大勢いました。
私たちは、この工場と仕事を始めることにしました。
作業者全員に頭を下げた
当時、アジアの工場で働く人たちに対し、見下すような態度を取る日本人もいました。
私たちが選んだ工場の社長や工場長も、そのような日本人との仕事で、嫌な経験をしていたようでした。
発注する側が上で、作る側が下。
お金を払う側の言うことに、相手は従うべきだ。
そのような関係では、契約上の仕事はしてもらえても、それ以上の協力は得られません。
委託生産を始めるにあたり、私は工場の作業者を集めてもらいました。
その多くは、縫製を学んだ若い女性たちでした。
私は彼女たちの前で頭を下げ、お願いしました。
「良いものを作っていただきたいので、どうか協力してください」
特別なことをしたつもりはありません。
実際に製品を作るのは、発注書でも契約書でもありません。目の前にいる作業者です。
その人たちの技術と協力がなければ、品質の良い製品は完成しません。
だから、対等な仕事仲間として敬意を示すのは、私にとって当然のことでした。
後に、先方から言われました。
「あなたは、私たちが知っているほかの日本人とは違う」
そこから、仕事は大きく動き始めました。
品質は、一社だけでは作れない
工場を決めただけでは、生産を始めることはできません。
社内には、長年アパレルメーカーで技術を磨いてきた経験豊富な社員がいました。私は彼らと一緒に現地へ入り、縫製方法や品質基準について工場側と話し合いました。
原材料は日本からベトナムへ輸出します。
ベトナムで縫製・加工した製品を、日本へ輸入します。
その委託加工貿易の仕組みを作るため、輸出入に詳しく、立ち上げに協力的な物流会社も選びました。
さらに、商社のベトナム人担当者が、単なる通訳を超えて双方を支えてくれました。
設計と技術が分かる人、現場で製品を作る人、輸出入と物流が分かる人、そして言葉だけでなく双方の考え方を翻訳できる人。
それぞれが力を出し合い、最初の訪問から半年から一年ほどで、生産を始めることができました。
海外調達というと、購買担当者が安い仕入れ先を見つける仕事のように見えます。
しかし実際には、専門性の違う人たちをつなぎ、一つの仕組みとして動かす仕事です。
コストは5分の1、品質も向上した
当時、日本国内の委託工場とベトナムの縫製工場には、大きな人件費の差がありました。
その差を活用することで、輸送や検査に十分な費用と人員をかけても、製品コストを従来のおよそ5分の1に下げることができました。
年間のコスト削減額は、約6000万円になりました。
しかも、コストを下げただけではありません。
検査体制を整え、工場と継続的に改善を進めた結果、品質も向上しました。
数字だけを見れば、海外の低い人件費を利用した成功事例に見えるかもしれません。
しかし、人件費が安かっただけでは、この結果は出なかったと思います。
適切な工場を選んだこと。
社内外の専門家に協力してもらったこと。
現地の経営者、工場長、作業者と対等な関係を築いたこと。
問題が起きたときに、責任を押しつけ合うのではなく、一緒に解決したこと。
それらがそろって初めて、コスト削減と品質向上を両立できました。
納期が守られた裏側
取引を続けるなかで、日本側の書類不備により、輸出した材料がベトナムの港で通関できなくなったことがありました。
材料が届かなければ、生産を始められません。
当然、完成品の納期にも影響します。
私は遅延を覚悟しました。
ところが、製品は予定どおり納入されました。
後になって事情を聞くと、現地の人たちは港で3日間交渉し、ようやく材料を通関させていました。
さらに、遅れた日程を取り戻すため、工場では一週間にわたって残業を続け、納期に間に合わせていました。
彼らは、その苦労を恩着せがましく語りませんでした。
何事もなかったかのように納品し、後になって、
「実は、こういうことがありました」
とさらりと説明しました。
格好いいと思いました。
同時に、申し訳ない気持ちになりました。
納期が守られたという数字だけを見ていれば、その裏で誰がどれだけ動いてくれたのかは分かりません。
仕事の結果だけを管理していると、その結果を生み出した人の努力を見落とします。
彼らがそこまでしてくれたのは、契約に書かれていたからではありません。
普段から築いてきた関係があったからこそ、
「この仕事を何とか成功させよう」
と思ってくれたのだと思います。
言葉が通じないからこそ、伝わるもの
私が接したベトナムの人たちは、真面目で、約束を大切にする人たちでした。
そして、日本人に似た「相手の気持ちを察する感覚」を持っていると感じることがありました。
社長や工場長はベトナム語しか話せず、私は商社の現地担当者を通じて話していました。
直接言葉を交わせないからこそ、表情、声の調子、態度などから相手を理解しようとしていたのかもしれません。
国際ビジネスでは、
「言わなくても分かるだろう、は通用しない」
とよく言われます。
それは正しいと思います。
必要な条件や判断は、言葉と数字で明確に伝えなければなりません。
しかし、言葉を明確にすることと、人の気持ちを感じ取ることは対立しません。
条件ははっきり伝える。
そのうえで、相手が何を大切にし、何に困り、どのような思いで仕事をしているのかを理解しようとする。
国や言葉が違うからこそ、その両方が必要です。
「お前の気持ちは分かるよ」
委託生産の立ち上げが終わった後、私は社内の事情により、ベトナムの担当を外れることになりました。
それでも、多大なコスト削減と品質向上に協力してくれた人たちに、いつか日本を見てもらいたいと考えていました。
後に、縫製会社の社長、工場長、そして商社の現地担当者の3人を東京へ招く機会に恵まれました。
ほとんど海外へ出たことがなかった彼らにとって、東京は驚きの連続でした。
高層ビルが立ち並び、道路にはゴミがほとんど落ちていません。
一方、街を歩いている人たちの顔立ちは、自分たちとそれほど違いません。
彼らが東京を見て、
「ここは、未来のベトナムのようだ」
と言ったのが印象に残っています。
帰国の日、ホテルのロビーで別れるときが来ました。
彼らが簡単に日本へ来られるわけではありません。
私はもう担当ではないため、以前のようにベトナムへ行くこともできません。
全員が、それを分かっていました。
そのとき、彼らから言われました。
「お前の気持ちは分かるよ」
その一言を聞いた瞬間、自然に涙が出ました。
いい大人たちが、ホテルのロビーで全員泣きました。
会社同士の取引から始まった関係でした。
しかし最後に残ったのは、発注者と受注者という関係ではありませんでした。
一緒に難しい仕事を立ち上げ、問題を乗り越えた人間同士の関係でした。
工場を選ぶことは、一緒に働く人を選ぶこと
海外調達では、価格表や工場設備、生産能力を比較します。
それらは必要な情報です。
しかし、数字の比較だけでは見えないものがあります。
問題が起きたときに、隠さず話してくれるか。
自社の責任ではない問題にも、一緒に向き合ってくれるか。
現場の作業者が、自分たちの仕事に誇りを持てるか。
発注側も、相手を安い労働力としてではなく、対等なパートナーとして扱えるか。
海外調達の成否を最後に左右するのは、そうした人と人との関係だと思います。
相手を尊重することは、きれいごとではありません。
信頼関係があれば、悪い情報が早く伝わります。
現場から改善案が出ます。
緊急時に、契約で定められた範囲を超えて助けてもらえることもあります。
結果として、品質が上がり、納期が安定し、コストも下がります。
人を大切にすることは、海外調達における最も現実的なリスク管理の一つです。
私がベトナムで見つけたのは、安い工場ではありませんでした。
問題が起きても一緒に考え、仕事を成功させようとしてくれる人たちでした。
年間6000万円という数字以上に、その人たちと築いた関係こそが、この仕事で得た最大の成果だったと思っています。
