27歳のとき、私は初めて海外出張に行った。
行き先は台湾だった。
当時、私は大手建材メーカーで購買の仕事をしていた。
担当していたのは、浴室の中折れドアに使う半透明の樹脂板だった。ポリスチレン製の板である。
ある日本の小さな商社から、
「台湾なら、同じような材料をかなり安く調達できる」
という話を持ち込まれた。
価格は、それまで使っていたものの半分ほどだった。
購買担当者としては、当然魅力的な話だった。
そこで私と設計、品質管理の担当者で台湾を訪問し、現地メーカーからの調達を検討することになった。
これが、私にとって初めての本格的な海外企業との仕事だった。
「安い材料を見つけること」と「コストを下げること」は違う
今振り返ると、当時の私たちには大きな弱点があった。
それまで国内のサプライヤーに、かなりの部分を頼っていたのである。
供給されている樹脂板を図面に落とし、それを前提に製品を設計していた。
しかし、その樹脂板が具体的にどのグレードの材料なのか。
どの程度の耐衝撃性があるのか。
温度によってどれくらい伸び縮みするのか。
そうした材料そのものについて、社内に十分な知識が蓄積されていたとは言えなかった。
台湾から調達したポリスチレンは、後になって分かったことだが、それまで使用していたものより耐衝撃性の面で弱かった。
さらに樹脂は温度によって伸縮する。
ところが、その伸縮を吸収するだけの余裕を、ドアのフレーム側で十分に取れていなかった。
つまり、問題は単純に、
「台湾の材料の品質が悪かった」
という話ではなかった。
材料について十分理解しないまま切り替えた私たちにも問題があった。
台湾で製造された樹脂板をタイの自社工場へ送り、そこで浴室ドアとして組み立て、日本へ輸入する。
そんなサプライチェーンを作った。
ところが、日本の工場でタイから到着したコンテナを開けてみると、ドアに入っている樹脂板の多くが割れていた。
大きな品質問題になった。
ここで私が最初に学んだのは、
「安いものを見つけること」と「本当にコストを下げること」はまったく違う
ということだった。
材料単価が半額になっても、それによって不良や再製作、緊急輸送が発生すれば、会社全体としてのコストはむしろ増えてしまう。
購買価格だけを見ていてはいけない。
材料、設計、製造、物流、品質保証まで含めて成立して初めて、「安くなった」と言える。
これは30年以上たった今でも変わらないと思う。
誰か一人を悪者にしても、問題は解決しない
大量の不良が発生した以上、誰がその損失を負担するのかを決めなければならない。
台湾メーカーにも責任はある。
しかし、こちらにも材料評価や設計上の問題があった。
すべてを相手に負担させるのはフェアではない。
社内で話し合った結果、
不良品の代替となる樹脂板については台湾メーカーに供給してもらい、輸送費についてはこちらが負担する。
いわば「痛み分け」の案をまとめた。
そして私は、それを説明するため台湾へ向かった。
当然、相手にも言いたいことはたくさんあったと思う。
相手から見れば、
「そちらの設計にも問題があったのではないか」
「なぜこちらだけが材料を無償で出さなければならないのか」
と言いたくなるのは当然である。
その場で台湾企業の社長から言われた言葉を、今でも覚えている。
「お前が言うことなら信用する。それに従う」
正確な表現は多少違っていたかもしれない。
しかし、私の記憶に残っている意味はまさにそういうものだった。
契約条件でも、理屈でもなかった。
最後に相手の決断を動かしたのは、
「この人間の言うことなら信じてもいい」
ということだった。
信頼は、問題が起きてから作ることはできない
なぜ、その社長が私を信用してくれたのか。
振り返ってみると、品質問題が起きたとき突然信頼関係が生まれたわけではない。
それまでの積み重ねがあった。
この取引を始めた当初は、日本の商社を介して台湾企業とやり取りしていた。
ところが、その商社が途中で倒産してしまった。
それでも材料の調達は止められない。
そこで私は、台湾企業と直接やり取りするようになった。
当時、社内には海外との実務を英語で進められる人がほとんどいなかった。
図面の翻訳。
契約書。
支払いに関する書類。
相手との交渉。
必要なことは、その都度自分で調べながら進めた。
大企業の社員ではあったが、自分の感覚としては、
会社の中で一人商社をやっているようなもの
だった。
分からないことは多かった。
だからこそ、相手にも誠実に向き合うしかなかった。
台湾企業の社長や幹部を日本に招いたこともある。
そのとき私は、自分で車を運転して羽田空港まで迎えに行った。
私としては、それほど特別なことをしたつもりはなかった。
ところが彼らは、そのことをずっと覚えていた。
その後、私が台湾を訪れるたびに、会社から何台もの車で空港まで迎えに来てくれるようになった。
空港から会社までは1時間ほどかかる。
私は、
「そんなにしてもらわなくても大丈夫ですよ」
と言った。
すると彼らは、
「俺たちが日本へ行ったとき、お前が迎えに来てくれただろう」
と言うのである。
非常に義理堅い人たちだった。
今考えると、信頼というのはこういう小さな行動からできていくのだと思う。
「誠意」は精神論ではない
仕事で「誠意が大切だ」と言うと、少し精神論のように聞こえるかもしれない。
しかし、私がこの経験から学んだ誠意は、もっと具体的なものだ。
- 分からないことを分かったふりをしない。
- 自分たちにも問題があるなら、それを認める。
- 相手だけに損失を押しつけない。
- 問題が起きたとき逃げない。
- 必要なら自分で相手のところへ行く。
- まだ問題が起きていないときから、相手を一人の人間として大切にする。
こういう行動の積み重ねを、私は「誠意」と呼びたい。
そして特に国際ビジネスでは、この誠意が重要になる。
国が違えば、法律も商習慣も違う。
言葉も違う。
品質に対する考え方も、契約に対する感覚も違うことがある。
取引を始めたばかりなら、互いに分からないことだらけである。
つまり、国内取引以上に「不透明な部分」が大きい。
そんなとき相手は、会社の名前や契約書だけを見ているわけではない。
最終的には、
「この人間は信用できるか」
を見ている。
国際ビジネスほど、最後は「人」になる
現在は、私が27歳だったころとは環境がまったく違う。
メールもある。
オンライン会議もある。
自動翻訳もAIもある。
海外企業と直接仕事をすること自体は、当時よりはるかに簡単になった。
だからこそ逆に、人と人との信頼はますます重要になっているようにも思う。
コミュニケーションの手段が便利になったからといって、信頼まで自動化できるわけではないからだ。
困ったときに逃げない。
相手にも事情があることを理解する。
自社に不利な事実であっても認める。
フェアな解決策を探す。
小さな約束を守る。
そうした日々の振る舞いが積み重なって、
いつか本当に難しい問題が起きたとき、
「あなたがそう言うなら信じよう」
という関係になる。
信頼は、交渉のテクニックではない。
問題が起きたときに使うカードでもない。
何も問題が起きていないときから積み上げておくものだ。
27歳の私は、そんなことを理屈として理解していたわけではない。
目の前の仕事を何とか進めようと必死だっただけだと思う。
しかし、あの台湾企業の社長から言われた、
「お前が言うことなら信用する」
という言葉は、30年以上たった今でも忘れない。
海外ビジネスで一番大切なものは何か。
私が一つだけ挙げるなら、今でもこう答えると思う。
相手に対して、誠意を持って向き合うこと。
契約や価格や技術の話はもちろん重要だ。
しかし、それらを動かす最後の土台になるのは、やはり人と人との信頼なのである。
