今管理職の使命として肩たたきを進めていますが、そう言う時だからこそ、自分が同じ目にあった時の事を思い出し、記しておこうと思います。

それはリーマンショックの時なので、2009年のこと。勤めていた会社で5年目(私としては長い方)になり、それなりに満足していたのですが、春頃に、当時の外国人上司から気になることを言われました。はっきりと覚えてはいないのですが、確か「視野を広げろ」とか、「会社はうちだけじゃない」的な内容だったと思います。後で思えば、彼は立場上ストレートに言えない段階で、それでも私にヒントを与えようとしたのだと思います。

その時の私の肩書は、サプライチェーン・プロジェクトマネージャーで、ERPシステムの導入プロジェクトを進めていました。プロジェクトも佳境に入った9月頃、ものすごく忙しい中で、その上司から12月末で辞めてほしいと退職勧奨を受けました。いくら仕事が忙しくて時間がないとはいえ、来年から仕事がなくなるのですから、無理をして転職活動を始めましたが、何といってもリーマンショックで、ほとんどすべての企業が打撃を受けていましたから、そう簡単ではありません。仕事が見つからないままに、年末を迎えることになってしまいました。クビにされることへの憤りはありましたが、それと仕事とは別という感覚があり、プロジェクトは最後まで頑張りました。

その後、自分としては初めての無職を経験することになります。平日家にいることにはとても抵抗があり、気持ち的にも腐ってしまいがちなので、仕事を持っている人のように、毎朝外出しました。もう会社という自分の居場所はありませんので、会社で契約してもらった再就職支援サービス会社の、利用者が自由に使えるオフィススペースや、ネットカフェを行ったり来たりしました。やる事は基本的に再就職活動。職務経歴書を見直したり、多数登録していた人材紹介会社からの連絡を待つと行った日々。こんなに長いお休みは社会人になって以来初めてでしたが、せっかくだから海外旅行に行こう!という気持ちにはなれませんでした。

こんな毎日を過ごしていると、どうしても気持ちが前向きになれません。コンスタンントに面接が入ってくることで、何とか気持ちを維持していました。それでも不採用の連絡がある度に不安な気持ちになる事は防ぎようがありません。当時たくさんの会社から私と同じ、サプライチェーンマネージャーの肩書を持つ人たちが放出されていました。募集がある度にその人たちと競合して1番にならなければならないのです。時には50人、70人という応募者がいる中で、果たしてそんな事が出来るのか?と徐々に悲観的な気持ちになって行きました。
後半へつづく。